み言葉のいづみ

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教会の幻を見よう

2010-01-01
千代崎 備道

    その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。
    その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、たしの霊を注ぐ。
ヨエル書 2章28~29節
 
  預言者ヨエルは、御言葉に従わなかったイスラエル王国が、神のさばきとして敵国に攻めら
れて滅びることを預言しました。しかし、彼はさばきとともに、その後に来る救いの日を描き
ました。その日、すなわち救いの日が来たならば、捕囚により受けた傷が癒されるだけでな
く、神様が共にいて下さるようになる。その証拠として神の霊がすべての人に注がれる、と語
ったのが冒頭の聖句です。
  聖霊が注がれるとき、老若男女、誰もが幻をみるとヨエルは語りました。旧約聖書ではしば
しば、預言と幻を同じ意味で使います。夢も神様のご計画を知らせるために用いられました。
方法は様々ですが、御霊なる神は私たちに神様の御心を教えてくださるお方です。聖書を書か
せたのも聖霊です。だから私たちには聖書を用いて御心を示してくださいます。
  神様は私たちにも聖霊を与え、救ってくださいました。そして、神を信じる者たちを用い、さらに救いの御業を進められます。そのご計画を私たちに示し、正しい方向へと導いてくださ
る。それが神からの幻(ビジョン)です。この幻を見上げつつ教会の働きを進めていくとき、神様が私たちのうちに豊かに働いてくださるのです。
  今年は、池の上キリスト教会の創立五十周年です。過去を振り返って恵みに感謝すると共に、新しい50年
 
に向かってスタートする年としていただくために、神様が示してくださる方向性(ビジョン)を示していただきたい。
 
その願いを込めて、今年の教会標語を「教会の幻を見よう」といたしました。神様が山根可弌先生を用いて教会
 
を建てられたとき、誰が今日の姿を予想したでしょうか。でも、神様はさらに素晴らしい計画を立てておられま
 
す。教会の未来を夢見つつ、神からの幻を見せていただきましょう。また、一人一人にも神様はご計画を持っ
 
て導いておられます。その神様からの夢を見せていただき、希望を抱いて進みましょう。

人となられた御言葉

2009-12-01
千代崎 備道

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは
一つもない。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
  ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもと
から来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
(ヨハネ1章 1節~4節・14節)
 
  神様は御言葉により天地を創造され、御言葉により人との関係を築かれました。預言者たちに御言葉を伝え
 
させ、王を立て、歴史を導かれました。人々も神に真実な御言葉に信頼し、救いを経験し、信仰が養われまし
 
た。ついに、神様は「ことば」と呼ばれ、御子であるお方を世に遣わし、私たちの救い主とされたのです。それ
 
が、クリスマスです。
 
  マタイやルカがクリスマスの事実を報告したのに対し、ヨハネの福音書の冒頭は、クリスマスの深い意味を教
 
えています。
 
「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えに
 
なった。」(12節) この尊い御言葉であるお方を王として心にお迎えするなら、私たちも神の家族としていただ
 
ける、なんという特権でしょうか。この恵みを知るならば、他の楽しいことや嬉しいことは霞んでしまうほどです。
 
最高の素晴らしい祝福を、あなたに。そして、あなたの周りの人々にもお伝えできますように。

  今年、池の上キリスト教会は、島津先生を通して神様が示してくださった御言葉(エレミヤ15章・16節)に基づ
 
き、『み言葉に聴き、喜びに生きる』という標語を掲げて進んでまいりました。み言葉に聴くことは、何よりイエ
 
ス・キリスト様を心に主としてお迎えすることから始まります。一年の終わりを迎え、またクリスマスの良い季節
 
に際し、もう一度、私たちの救い主であり、教会の主であるこのお方を仰ぎつつ、これからも聖書の言葉に親し
 
んでまいりましょう。そこに変わることの無い喜びがあるからです。

神の口から出る御言葉

2009-11-01
千代崎 備道

イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの
ことばによる』と書いてある。」
(マタイ4章 4節)
それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせら
れた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あ
 
なたにわからせるためであった。
(申命記8章 3節)
 
  本屋に行きますと、普通の書籍と一緒に聖書は売られています。漁師、王、学者、様々な人々により書かれ
 
た言葉を集めた書物です。その意味では、聖書の言葉は確かに人間の書いたものです。ところが、この言葉
 
を読んだ人が、それを神からの言葉として受け止めたとき、不思議な事が始まります。一つの御言葉が心に迫
 
ってきます。罪を示され、悔い改めに導かれます。そして同じ聖書を通してイエス・キリストに出会い、罪の赦し
 
を体験し、救われるのです。聖書は私たちの思いを変え、心を変え、生き方までも造りかえます。そして、自分
 
の人生や周囲の人にまで大きな影響を与えるのです。その時、私たちは聖書こそ神の言葉であることを認め
 
るのです。
 
  神様は言葉により天地を創造されました(創世記1・3)。また「神のことば」(ヨハネ1・14)と言われるお方が
 
救い主をして来てくださいました。ですから、神の言葉である聖書は、私たちを救い、造りかえることができるの
 
です。この神の言葉が私たちの生活の中で、どのようにその力を発揮するのでしょうか。
 
  クリスチャンになって聖書を読むようになると、宗教とは無関係と思っていた生活の隅々まで、御言葉が心の
 
指針となるようになります。すなわち、神の言葉の権威を認めるようになるのです。そして、日々、御言葉に導
 
かれ、教えられ、恵みをいただきます。その結果、私たちの信仰は強められ、成長し、言葉や行いまでもが変
 
わっていきます。御言葉は私たちを養う心の糧(パン)となります。
 
  荒野を旅していたイスラエルの民を神様は天からのパン(マナ)で養われました。その旅路は苦難がありまし
 
た。人間の罪の故です。しかし、神様は毎日マナを与え、御言葉が真実であることを教えられました。そうして、彼らは神の民として成長したのです。私たちも、様々な苦難に見舞われることがあっても、神様からの糧をいた
 
だきながら人生の旅路を歩みましょう。

御言葉を友とする

2009-10-01
千代崎 備道

  「まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。」

                              (詩篇119編 24章)
 
  詩篇119篇は、大変ユニークな詩篇です。最初の8節は、節の最初の文字がヘブル語の
アルファベットの1番目「アレフ」で始まり、次の8節の各行は2番目の「ベス」で始まる、というアルファベット詩、日本のいろは歌のように作られた、芸術的な詩です。また、最も
長い詩篇であり、さらに、ほとんど全ての節に御言葉に関することが書かれているのが特徴
です。
  1節ごとに神の言葉の素晴らしさ、大切さを、様々な表現で教えています。「みおしえ、
さとし、道、おおせ」などは皆、神様の言葉を意味します。また、旧約時代の人にとっては
律法が聖書の代名詞でしたので、「おきて、戒め、定め」などの言葉も御言葉の意味で使わ
れています。
  この詩篇を作った詩人は、御言葉(あなたのさとし)を喜びとし、また相談相手としまし
た。まるで無二の親友のようです。98節は口語訳聖書では「あなたの戒め(御言葉)は常
にわたしと共にある」と訳されています。悩みの時、苦しみの時に、慰めや励ましを与えて
くれる御言葉は、「苦しいときの友、真の友」です。
  世の中には言葉巧みに近づいてきて、友人のふりをして騙したり利用したりする者もいま
す。真の友である御言葉は、最初は取っつきにくいですが、どんなときも裏切らない、真実
な言葉で語りかけてくれます。時には、苦言もって忠告してくれるのも、本当の友だからで
す。行くべき道に迷ったときに、正しい生き方を諭してくれる、良き相談相手なのです。
  旅は道連れと言いますが、人生の旅路において、聖書と共に歩む人は幸いです。毎日少し
ずつでも、御言葉に触れる生活を心がけてください。「朱に交われば赤くなる」と格言は教
えますが、良い友と交わるならば良い影響を受けます。神の言葉を大切な友として歩むなら、御言葉によって生き方が変えられ、やがて他の人を慰め励ます言葉を語る者となり、良き相
談相手となるのです。神の言葉を喜び、いつも語り合いましょう。
  「まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」
                                      (詩篇1章2節)

愛に基づく御言葉

2009-09-01
千代崎 備道

主は遠くから、私に現れた。
「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。
それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」
(エレミヤ書31章3節)
 
  言葉が信頼できない時代です。様々な種類の詐欺がニュースを賑わせています。嘘の商品
表示があります。嘘と真実を見分けることが出来ないと生きていけない社会は、決して人を
幸福にしません。言葉が信頼できなくなるのは、言葉の背後に自己中心があるときです。自
分の利益のためなら嘘をつきます。自分を正しいと主張するためなら事実をねじ曲げてしま
います。偽りの言葉はコミュニケーションを破壊し、人間関係に争いをもたらします。
  良いコミュニケーションの鍵は、お互いが相手を理解し受け入れようと努力する態度と、お互いが相手のためになろうとする動機です。言葉の土台は愛であるべきです。愛があるな
らば、誤解があっても、やがて分かり合えるようになります。表現の足らないところを思い
やりが補うのです。愛は全てを結ぶ帯です(コロサイ3章14節)。
  神様の言葉の背後には愛があります。語っておられるお方が愛に満ちたお方だからです。
御言葉を通して神の愛に触れたとき、私たちの凝り固まった心は融かされ、殺伐とした心は
潤されます。愛の言葉が私たちを造りかえ、人生を新しくするのです。神の愛を知り、それ
に満たされたとき、その人も愛による言葉を語るものとされるのです。
  聖書の言葉には難しいところがたくさんあります(私も分からないところがあります)。
でも、初めは理解できなくても、御言葉の背後におられるお方の愛を信頼し、読み進めてい
くと、だんだんと分かるようになります。勘違いして受け止めていたとしても、信頼をもって
読み続けるなら、必ず誤解は解けます。時間はかかりますが、継続して読むことが祝福につ
ながります。
  神様はあなたを愛しておられます。これまでの人生でも、あなたに真実を尽くしてきてく
ださいました。そのことを忘れないで、心を開いて御言葉に接するなら、聖書の言葉があな
たの心を満たし、実を結ばせます。神様の愛を忘れて読むと、厳しい言葉に裁かれていると
思い、救おうとされる神様の意図が理解できなくなってしまます。神様が愛をもって語りか
けてくださることを忘れないでください。
宗教法人日本ホーリネス教団
池の上キリスト教会
〒181-0011
東京都三鷹市井口3-15-6
TEL.0422-33-0018
FAX.0422-33-0061
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